運動嫌いの理由は、体育にあった!

体育の授業が運動を左右する

 

「体育」には、様々な運動嫌いになる理由が潜んでいる。

 

体格の違い、筋力、男女の差があるにもかかわらず、疑うことなく、みんな同じことする。

 

小学校前は、よく外で遊ぶ元気な子供だったのに、逆上がりも跳び箱もまったく出来ませんでした。

 

当時の体育教師は、跳び箱が飛べるまでやらせ、最後の一人になってしまい、見かねて担任が「もういいんじゃないですか」と言っていたのを今でも鮮明に覚えています。

 

みんなが、ひよっと出来る逆上がりも何度やっても出来ない!

出来る気がしない!

 

うんていでは、手が滑って落ちてしまい、落ちた瞬間息が止まり、肋骨にはひびが入っていました。

死ぬかと思いました。

 

身体の使い方が自然に身についている人は楽々出来、出来ない人はいつまでやっても出来ないのです。

 

本気でやってるつもりでも「やる気がない」と思われてしまう。

どうしたら出来るようになるのか教えられないまま…

「何で出来ないの?」と言われても、こっちが聞きたいよ!

 

嫌な思いや怖いという気持ちがずうーとありました。

運動会、団体競技、人前で嫌な思いが倍増する

 

達成感、出来たという体験も全くないから、体育は、「楽しくないもの」という意識になる。

 

運動会、団体競技となると、足を引っ張るんじゃないか、失敗したら攻撃されるんじゃないか、自分のみじめな姿を周りにさらされるのが苦痛でした。

 

ドッチボール、わざと強いボールをぶつけてくる!

怖いだけなんだよね!

運動会、足が遅い!

 

どうせ出来ないという考えから行動していました。

体力テストも、人前で着替えることも嫌いでした。

 

中学、高校のころは、

体力に大きな差が出てくるのがわかるようになってきます。

 

体育や運動会の時だけ、生き生きしている人がいて、

「こうゆう時だけしか張り切ることがないのか」

あーあそんな気持ちなどなったことがない。

 

何ごとにも頑張ってやることが、カッコ悪いという年頃のおかげで、

「体育」の授業をさぼっても、適当にやっていても、みんなの中にまぎれてしまい、どうにかやり過ごしていけました。

 

バレーボールやバスケットボールなどでは、点をとるとか、攻めるという気持ちが全くわかないので、どう動いたらいいか、オロオロするばかりでこの時間が、早く終わればいいと思っていました。

 

体育の授業を通して、

他の教科ではできない「身体を動かす楽しさ」、「競争、達成」、集団活動などの経験、結果にかかわらず相手を認める、ともに尊重し仲間と助け合うなど必要なことだと思いますが、当時は、そのことがわかるはずもなく、ただただ嫌でした。

 

身体能力に重点を置くと、ますます体育嫌いの子供が多くなるのだと思っています。

運動嫌いの理由は、体育にあったと思っています。

自主的に参加するはずの部活

中学の部活は、文科系と運動系どちらか必ず一つ入ることを強要された。

 

書道部に入部しましたが、

友達が「卓球部にカッコイイ先輩がいるから入ろう」

言われるままに、血迷ったか卓球部にも入部してしまいました。

 

この頃はまだ、体育が嫌いでも、部活は楽しいかも!

甘かった!

 

入部した動機も不純、当然、毎日の練習もいやいや参加、きつい、臭い、いつやめるか迷いながら夏休み明けまで頑張りました。

自主的に参加するはずの部活動なのに、部活動が主とになってしまい、休みもなく、毎日クタクタ!

壁打ちもろくにできない。

 

最近は、ダンスなど様々な部活もありますが、きつい、きびしいだけではなく、そこに「身体を動かす楽しさ」、「競争、達成」などその時だけしか経験できないものがあるはずです。

 

身体を動かすことは楽しい!体育が嫌いなだけ

 

運動が苦手!と薄々気づき始めたころ、スキーの楽しさを知る。

 

スキーの教え方は、段階を踏んでいきます。

身体の使い方、体重をどこにかけるか、フォームなど初心者からスタートします。

このように段階を踏んで上達していき、出来なかったら練習すれば出来るようになって行きます。

 

運動が苦手な人は、跳び箱をちょっと教わっただけでは、飛べません。

 

出来る人がなぜ出来ないかを理解できない!

授業で丁寧に教える時間がつくれないこともあるかもしれません。

 

どんなにすばらしい先生、コーチでもこの人は、どんな体の動かし方をしているのか知る必要があります。

 

身体が発達していない子供なら特に、身体の使い方、力のかけ方、重心、人が身体を動かす中でそのことを知ることで適切な指導ができるのだと思っています。

 

しかし、

複数の生徒に指導するのは非常に難しく、同じ言葉でもすぐ理解できる場合と何度言われても理解できないこともあります。

 

みな同じことをするだけでは、

どこが弱点か、どこを使えばよいか、身体の使い方がわからない、どうすれば出来るようになるのか理解できないのです。

回り道をさせてしまい、わからないまま徐々に運動嫌いになって行くのだと思います。

 

運動意欲

実は、1、2歳ころは動きたいという運動意欲があるのですが、大きくなるにつれて徐々になくなっていきます。

 

小学生から高校生くらいまでは、遊びや運動の中から自然と身体がつくられ、身体の動かし方、コツなど学んでいきます。

 

運動やスポーツを楽しむことは、健康に生活するための基礎となるものです。

 

運動やスポーツの意義、知識など学びの場として、

段階的に出来ないことが出来ようになる、この段階を飛ばしたり体感しないまま大人になり、

 

苦い記憶の中で運動は、

「楽しくないもの、面倒なもの」として運動嫌いが、

脳に記憶されてしまっています。

 

「運動は健康に良いこと」、「生活習慣病を予防するのに必要」だとわかっていても、運動嫌いは、

毎日の生活の中で運動を続けるのは難しく、運動を習慣化出来ている人は少ないです。

 

そもそも、

運動嫌いは何もしたくないので、運動する気が起こらないのはあたり前のことです。

 

身体を動かすことは、

「楽しいもの」、「やってみたら気持ちがよかった」と感じることが重要なことです

 

運動嫌いだった私が嬉しいことは、

今では、「やったら出来た!やったら楽しかった!」

という経験をしていることです。

 

何より、心や身体が軽くなり、前向きな気持ちになっています。